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      2017/02/06

「申し訳ない」と本当に思う時はいつ?※本当に思う時です。

 

この記事を書いている人 - WRITER -


アメリカが好きで1年の約半分は滞在してるけど、日本のエンタメと落語と講談が好きな、お芝居とダンスをやってるザ・日本人。ヨガとメディテーション、本質行動学を勉強中。好きなことはとことん。とことん。経歴とかはこちら→

堀内かな

「あ〜申し訳ない!」

 

私も気付いていなかったのだが、割と高確率で日本人は社会性の「申し訳ない」を連発している。

それが悪いわけじゃない。

その気持ちが場を好転させることは世の中たくさんある。

 

たまに、「思ってねーな」と思うこともあるだろうが、

本人は気付いていない、もしくは相手すら気付かないこともあるかもしれない。

これは、お芝居のトレーニングにおいて、自分を含め、何人かにあった癖として発見してもらった&したことである。だから、これは、何かあるな!と思ってここに書いている。ちょっとばかしお付き合いくださいませ。

けれど!! もし同じ癖がある。もしくは思い当たる人間が周囲にいるのであれば役立つと思います。理由は下記で。

 

調べてみました。

そして、素人なりにまとめて見ました。

 

まず、私が治したい理由なのだが、社会性として必要な時もあるだろうし、本当に申し訳ない時に否定することはないと思う。

しかし、お芝居では、決まった台詞がある上で、本当にそのステージの場で感じるままに生きていくには、“本当に”。本当に心で何を感じるのか自分が分かっていないことには話にはならない。その本物の感情で台詞が出て来てしまうのが、いい脚本と演技なのだ(という教えてもらったことの私の解釈)。そう感じようとしているのでは嘘になってしまう。嘘の不自然なお芝居を観ても、少なくとも私は面白くない。感動しない。し、私もそんなの嫌だ。やりたくない。

癖の無いフラットな状態があって、初めて、その土台に乗せた登場人物の存在として生きていけるのでは無いのか…(という突っ込んだ話はまた今度…)

 

とりあえず、見て欲しい。これ↓

いや、日本人そもそもなんかい。というお話。

軽く、触りが読めるので読んで見たが(クリックしたら飛べます)、最近のものではないとは言え

とてもとても興味深い。(てか、買っちゃったけど)

社会の流れはあるにせよ、人には必ず先祖がいて、その時代に住んでいた人間に連なって、育てられているんだから、要素はあると思うのです。

お芝居で言えば、じゃあ、日本人役だったらこういう思いの癖があるのねってことで学びがあるわけだけど、それじゃあ広すぎる。

 

じゃあ、一体なんなのさということで以下。

1,罪人という意識

家族、特に母親に対して、「幸せにできなくてゴメンなさい」という気持ちがあると、「申し訳なさ」を強く持ち、自分で罪を償うために問題定義して自分を責めるのだそうです。

また、家族の苦労を見て育つと、無意識のうちに「助けられなかった」「家族を置いて、幸せにはならない」と根付くと。

家庭の問題は大人の問題でもあるし、子供がどうのこうのできるわけがないのですが、子供はそういう罪の意識ができてしまうんですね。

これは、子供を育てる(教育)に置いても勉強になりますね。

 

あと、もちろん、自分が幸せになることが家族を幸せにすることだとは思いますが、これは潜在的な話なので、本人は気付いて無いです。

潜在的なことが本人は気付かないっていう話に関しては、思春期の子を見たら大人はわかりますよね。そういうことです。

 

何か、申し訳ないことをしたのでしょうか?

気付いたときが手放すとき。

助ける責任は負って無いし、自分の幸せが1番の親孝行だと思います。

 

罪を背負うのはもう十分。

 

なのです。

 

 2, 自己防衛本能

これは、先に自分で責めることで、相手に責められないようにしている様なのですが、それはただの勘違い。あと、幼少期に親に見放されたら終わりなので、責められない様に、怒られない様になっていくことがあると思いますが、大人になった今となっては関係ないのです。死なないです。

というか、自己防衛したところで責められないわけではないのです。

先日、ファミレスで隣の席のサラリーマンがめっちゃお客さんに怒られてました。「申し訳ありません」を連発すればするほど。話を聞いていたわけではありませんが、「お前は気持ちよくない!!」って怒鳴られてました。もう、手が出ない状態でしたね…何であれ、責められるときは責められるのです。

話を元に戻しますが、間違ってしまっても大丈夫だし、嫌われたところでって話です。

もし、そこから連想するとなれば、無理をして出来た人間関係が築き上がります。それは、避けたいなーと私は思います。

 

 

まとめ

全て、自分で考えて自分で実行してることであり、外部には何も起きてません。頭の中で起きている出来事なのです。

お芝居のトレーニングでは、まず頭で考えるブロックを外すことも目的です。

理にかなっているのですねー。

 

幸せになっていいのですよ。みんな。

役に立たなくてもいい。

 

人は恐いことに対して変化を求めにくい生き物。

幸せになることが罪だったり裏切りだと恐れているうちは、罪を手放せません。

 

 

これを潜在的に気付いて、素直になれたらいいなーと思います。

そしたら役も乗っかるし、キャラクターを研究するにおいてはこの内容すら使える♪ (独り言)

 

そもそもこれは、人生の全てに繋がっていく話だと思うので、ここに答えが隠されていたりするかもしれませんな☺︎

 

P.S 本読んだらまた感想書きまーす。いつになるかは不明ですけど。

 

Pic :  隣に座っていたサラリーマンが、めっちゃ怒られていたファミレスにて。

 

 

良き人生を⭐️

 

 

 

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